朝の写経:18日目「以無所得故」

「1日5分 朝の般若“心経写経”手帖」 | Acca's Blog

今日の写経「以無所得故」

意味:それは、得るということがもともとないからです。

 真ん中の三文字、「無所得」は「所得が無い」ですが、収入がないという意味ではない。所得を分解すると「得る所」。
 何かを得るのは、自分。しかし、その自分は「空」な存在で、確固たる実体はない。「(何かを)得る所(つまり主体に実体が)無い」。

“おかげ” を感じると自分にOKが出せる

 私たちは、常に何かの影響を受けている。それと同時に、常に何かに影響を与えてもいる。
 ほかから与えられた影響で、しかも現在の自分にとって良い影響のことを、日本人は “おかげ” と表現してきた。
 おかげを感じられる人ほど「ありがとう」の言葉が多くなる。そして、現在の自分が肯定できて、自分にOKが出る。

〔引用:1日5分 朝の般若“心経写経”手帖 名取芳彦著 ナツメ社〕

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